死んでないだけの日常

日々の生活とか出会ったもの

自我を失ったかのように生活する

最近は仕事で帰りが遅い日が続いている。通常の感覚では締め切りすぎているような仕事をいくつかか抱えているうえ、新たな急ぎの案件も飛び込んできてそれらをこなしていくのにアップアップしている。放置してしまっている仕事は日が経つに連れ状況は悪化していき、考えるのも嫌になってくる。あー学校みたいに会社も新型コロナウイルスの影響で一時的に閉鎖とかならないかな、とか考えている。

 

そんな自分だが、タイトルの通り自我を失ったかのように生活することを考え始めた。どうすれば日々が少しでも好転し、自分を前に進められるかをいろいろ考えた結果、とりあえずで自我を失うかのように生活することを試している。自我を失うっていうとわかりづらいけど、なんというか、ロボットになったつもりというか、なるべく感情を発生させずに目の前にあるものを受け入れて淡々とこなしていく、というような考え方だ。淡々と単純作業をこなしているときの頭のような感じで、あーこれやらないとって感じたものを淡々とやっていく。あまり考えない。そういうもんなんだって受け入れて、やる。このようにロボット感を意識することにより、物事に対する最初のステップが早くなったような気がしないでもない。なんというか、面倒くさいとかやりたくないとかいう気持ちの前に行動するみたいな感覚。まぁ今後上手くいくかはわからないけど、とりあえずロボット感を意識しながら生活してみようと思う。ちなみに、この考え方の参考にしたのはWebメディアのデイリーポータルZにあった自我喪失によるダイエットの記事だ。興味ある人は調べて下さい。